cocorosalon’s diary

CHAGE&ASKAがやめられない。。。

時の移り変わり~

私がこの世の中に生まれて、もっとも尊敬した人物と言えば、ミュージシャンのASKAだ。

 

10歳で初めて彼の歌に出会い、ASKAという人物にグイグイ引き込まれ神を超える位の存在だった。

ASKA教という宗教があるならば間違いなく入会していたと思う。

 

そんな尊敬して止まない彼が突然、2014年5月、逮捕された。

覚醒剤取締法違反だ。

追い討ちをかけるかのように女性と逮捕された。

 

天と地がひっくり返るという経験をした気分だった。

息が止まった。

手と足に鎖を巻かれ一気に引きちぎられる思いだった。

魂が半分死んだ。

残りの半分の魂でなんとか生きた。

 

心底、ASKAを信じて愛している自分がいた事に気付いた出来事だった。

 

心の中に大きな穴が空いた。

 

 

今まで集めたCDやらDVDやらかき集めて全部捨てた。

 

 

 

 

 

今、彼は順調に更正の道を歩んでいる。

間近で見てる訳ではないけれど、頑張りが伝わる。

今年出した二枚のアルバムも、やっぱりASKAだ。ASKAしか作れない音楽。

 

 

私はただただ応援するだけ。

 

 

彼が幸せならそれだけでいい。

 

 

諦めないでいてくれてありがとう。

その姿で私も頑張れる。

 

 

あんなにつらい思いをASKA含めてみんなした。

でもさすがASKA。あそこで終わるASKAじゃなかった。

天と地がひっくり返っても、また元に戻る事もあるんだ…。

 

生きてると色々あるね。

 

時が解決する事って結構あるね。

諦めなければ闇はいつか明ける。

 

 

失敗するのが人間。

みんな失敗しながら生きてる。

失敗があって成功がある。

失敗から学ぶ事は財産だと思う。

 

大事なのは、失敗を恐れず、諦めず歩く事。

歩かなければ何も始まらない。

 

とにかく歩いてみる。

 

 

ASKAは歩いた。

石を投げられながらも歩いた。

 

 

 

あれから4年。

 

今年は執行猶予が明ける。

 

秋にはコンサート行けるかな?

 

 

楽しみに待ってます。

 

 

 

 

他人への批判

他人が何か事件を起こす

 

 

加害者と、被害者。

当然、被害者側の事を思えば、どんな被害でも気の毒だし、被害者のケアと今後は重要な課題だ。

 

人は寄って集って加害者を批判する。

事件には背景がある

背景がなければ事件はない。

 

人は背景には興味がない。

今、起きてるその状況と今後に興味がある。

背景を考える事は加害者を庇うような空気になり、そういうコメントは歓迎されないし、面白くないんだろう。

 

まるで学校のいじめの世の中。

いじめられてる人を庇うと自分までもいじめられてしまう。

 

世の中の物差しは小さい。

その小さい物差しを基準に少しでもはみ出したら批判される。

なぜ物差しからはみ出すのか、理由を聞こうとしない。考えない。

 

だから事件は繰り返す。

 

 

社会の規則は大事。

規則があるから人はそれに従って理性を働かせ平和に暮らす努力が出来る。

 

 

その理性のコントロールがとても難しい。

すべてはここにあると思う。

 

理性は、孤独、さみしさ、欲に弱い。

 

 

 

自分の理性をコントロール出来る状態にあるのか常に自分と向き合って、意識がけておかないと、理性ってすぐに暴走する。

 

 

間違わない人間はいない。

 

寂しくない人間もいない。

 

事件を起こしたい人間もいない。

 

 

 

 

さみしいときに、さみしいと周りに言いやすい、言っても恥ずかしい事じゃない風潮の世の中を作って行ければ、救われる人は沢山いるんじゃないかなと思う。

 

 

大切なのは小さい物差しじゃないんだ。

 

 

 

そこに気付こう。

行動してなんぼ❗❗

やっぱりこの星は行動する者だけに幸せや成長が与えられるんだと思う❕

 

行動の前に失敗を恐れて動けない時期があると思うけど、失敗しても動かないよりはマシ☺

 

失敗しても何も損な事はないのだから。

失敗こそが財産となって成功に繋がる事になると思う。

失敗を生かすか殺すかは自分次第だけど。

 

今の自分はどうか。

 

失敗を恐れて足踏みしていた期間があった。

足踏みしていた期間中、理想としている自分の姿が諦めきれずに行動してみた。

 

まだまだ理想の自分に到達するまでに修行が必要だけど、富士山で例えるなら頂上がゴールとするならば、今は1合目くらい?

 一合目でも登ってしまえば、こっちのものだ。富士山に登る心の準備と道具、体力を整えるまでが大変だった。

登りだしたら、あとは諦めない事。

今思えば、足踏み時代の経験も十分に生かされている。無駄ではなかった。

 

けど❗行動せずに案じていた時期よりも遥かに幸せを感じる。

 

一生はなんだかんだ短い。

やっぱり行動したもの勝ちだと思う❕

 

 

さぁさぁ、休憩しながら行動するのよ✨

幼少の頃、夜に家族で海の砂浜を歩いた事がある。

暗い海だったけどキレイで迫力があって、幼いながらに、このまま海にのまれてもいい…と思えるほどのパワーを感じたほどだった。

 

その感覚を味わいたくて大人になった今、夜の砂浜を歩いてもあの感覚を味わう事はもうなかった。

けど、嫌な事や浄化したい時は海に行くと洗い流してくれるようにスッキリする。

やっぱり海にはパワーがあると思う。

 

先日、昔、漁師だったという女性と話す機会があった。

「冬の早朝の漁は布団から出るまでが辛くてね…」

「けど、海に行ったらパワーをもらって帰って来るのよ‼」

と、話されていた。

 

やっぱりそうだと確信した。

 

海にはやっぱりパワーが存在するんだと。

 

生命は海から誕生したとすれば、海に行く事は里帰りする事と同じなのだろうか?

 

 

うーん、不思議だ。

 

 

 

欲を言えば幼少の頃に味わった夜の砂浜で感じた不思議な感覚をまた味わってみたい。

お尻が・・・

私の場合、昔から環境の変化やストレスがかかるとお尻(肛門)が弱い。

 

特に、寒かった時期から暖かくなる今頃の時期は毎年のように痔?に悩まされる。

こんな事、家族くらいにしか言えない。

 

色々と調べてみると痔に悩む人がその他の身体の悩みで一番多い症状が腰痛らしい。

腰痛……

これ、私にもピッタリ当てはまる。

 

腰痛と痔。

 

どういう関係があるんだろう?(^_^;)

 

人間の身体は本当に不思議。

 

微妙な変化を察知して身体に症状として知らせ何かを警告している。

それが人それぞれ、痔として知らせたり、ヘルペスだったり、喘息だったり・・・

症状は何かを知らせているんだろう。

 

 

かといって、環境の変化やストレスを回避する事が出来ない場合が多い。

生活するうえでは仕方のない事。

 

けど、症状を受け止めて、自分の身体の状態を把握する意識を持つのと持たないのでは、身体にかかる負荷はかなり違うと思う。

 

一番良くないのは自分の身体を無視して蔑ろにすること。

その代償は後々大きく自分に降りかかる事になる。

自分を操縦出来るのは自分しかいない。

 

これからも長く自分と付き合うために自分の弱い部分、ケアの仕方、予防方法…

上手く操縦出来るようになりたい。

 

 

うーん、しかし、お尻が痛い。

 

 

 

昨日、ひっそりと購入した軟膏が効いてくれるといいな…😵

 

 

あれ??何だったっけ??

今年も始まってもう2ヶ月近く経過する。早いな~~(>_<)

 

今年は今までに撒いてきた種からポツ・ポツと芽が出てきている感覚がある。

 

せっかく芽生えてきた芽🌱を枯らすのか育てるのかは私次第。

大切に地道に育てよう❗

不細工でもいいじゃない!

大輪の花を見てみたい\(^o^)/

 

話が逸れたのだか、昨日、ふと思い出した事があった。

 

去年、自分の望みを叶えられない事態が起こり、絶望的になった私は父に

 

「ゴメンけど、死にたいと思った…」と愚痴をこぼした事があったのだ。

 

その言葉を聞いた父は、

 

「親よりも先に逝くのはやめてくれ」と言う言葉を私に返した。

 

 

あの時は病んでいた(´ω`)

 

みんな、ゴメン。

 

 

で、そんな事がありながら昨日ふと、私そう言えば去年、死にたいとさえ思った事があったよな…と、内容を思い出そうとするんだけど、全く思い出せないのだ。

 

 

まだ数ヶ月前の話なのに、忘れるって……

 

 

自分の単純さに呆れつつも、この調子なら多分これからも大丈夫だろう、人間てなんか強く出来ていると、ある意味感心した…(笑)

 

 

 

その時は最低最悪と思っていても、食べて寝て過ごしていたら、そんな事はどんどん忘れていくから不思議だ。

 

 

それでいいのだp(^-^)q

 

 

 

人生、毎日進む毎に死に向かっている…😱

 

 

生きてるんじゃなくて生かされている❗❗❗

 

 

 

 

だから毎日を大切に。

人生に悔いなく❗

どうせ過ごすなら泣いて過ごすより、面白おかしく笑って過ごそう❗😁

来年の目標に向け約14年ぶりにリハビリも兼ねてセラピストとしての復帰を果たした。

 

ここまで来るのに14年の月日が経過していた。

14年間は結果的に全然無駄な時間ではなく必要な時間だったと思う。

 

 

挫折には原因が必ずある。

 

あの時は若さゆえ、色んな事に無知過ぎた。

 

 

セラピストにとって必要だと思う事の一つにクライアントから受けた気を毎回自分から浄化する事。

当時は目に見えない物は信じないタイプだったので、やっていなかったけど、これは本当に大切な事なのではないかと思う。

 

今回の復帰では、この事を意識して入浴時に塩で肩から腕、手に塩を塗り邪気を払うイメージで気を浄化する事を取り入れた。

 

信じない人は信じないだろうけど、こうする事でかなり心身共にスッキリとリフレッシュでき、気持ちの切り替えに十分役にたっている。

 

気のせいかもしれないけど、それでいい。

 

 

『塩』

 

改めて素晴らしいものです。

 

 

さぁて、身体の続く限り頑張ろう💪